最後まであきらめず白球追う〜2度にわたる同点劇サヨナラ負けも賞賛の声〜野球部
<8月8日 阪神甲子園球場>◇試合時間 開始:午後4時24分、終了:午後7時15分 時間:1時間55分(雷雨による中断56分)天候:晴のち雷雨: 最高気温35度◇観衆2万8千人
白樺学園 001 000 020 00 3
下関商業 102 000 000 01X 4
投手:河村—中野(6回)、捕手:川波
本塁打:加藤(8回ツーラン)三塁打:池田(3回)
併殺(守備):後藤—松浦—川村(10回ワンアウト一二塁)
安打:池田(1回)、河瀬(2回)
四死球出塁:川村(2回)、松浦(3回)、川村(4回)、川村(7回)、後藤(8回)
犠打:川波(3回)
一回裏、河村がマウンドに立つと、突然の降雨。先頭打者にヒットで出塁を許す。次打者の打球を投手河村が上手に処理、二塁進塁を阻止。次打者を内野フライにうちとるが、相手4番に二塁打をうたれ1点を失う。なおも二塁にランナーをおいてヒットを打たれたが追加点を許さず最少失点の1点でしのいだ。1点を追う三回。二死三塁から池田が右中間三塁打で四球出塁していた松浦が生還。同点に追いつく。スタンドが大歓声に沸いた。しかしその裏、一死から四球、三塁打とスクイズで2点を失い1−3と勝越される。4回を終了し、雷鳴が聞こえる甲子園球場は、試合を中断となった。中断時間は56分だった。選手達がグラウンドに現れると球場は観衆の拍手につつまれ試合再開。五回、1時間近くに及ぶ中断後のマウンドに立つ河村はこの回二つの三振を奪い無失点。この試合最速の142キロを記録した。六回から背番号10で河村と同じく3年生の中野が甲子園のマウンドに立った。内野ゴロと2つの三振を奪い三者凡退に抑えた。続く7回も無失点。追撃のリズムをつくる。日が陰り照明のともった甲子園球場はすっかりナイトゲームの様相を呈していた。2点を追う白樺学園は8回、一死から後藤が四球を選び出塁。次打者池田の内野ゴロでランナーが入れ替わり、一死一塁。打者は4番の加藤。4球目をスイングすると、とらえた打球はレフトポール際へ弧を描いて飛んで行く。線審が手を回す。同点のツーランホームラン。われんばかりの歓声。よろこぶ選手達。ランナーの池田も吠え、右手を突き上げベースを回る。加藤も両手をあげてガッツポーズ。2度にわたる同点劇。涙を流す人、よろこびだきあう人。白樺サイドは歓喜につつまれた。9回裏、二死二塁のピンチをむかえたがレフトの河瀬がファールフライを好捕、試合はこの日3試合目の延長戦に入った。白樺学園の甲子園での試合はこれで3試合続けての延長戦となった。10回裏、一死二塁のピンチ。続く打者も内野安打となり一死一二塁とサヨナラのピンチをむかえたが、次打者のゴロを二塁の後藤がキャッチ。遊撃の松浦、一塁川村へとボールが送られ見事なダブルプレイで窮地を逸した。11回裏、一死から出塁のランナー(記録はエラー)が二塁へ進む。次打者を打ち取り二死二塁。次打者の打った打球はゴロでセンター方向へ。さきらめずに打球を追う選手の僅か先をボールが通過。打球はセンターへ。延長11回3−4でサヨナラ負け。勝利まであとわずかだった。二度の同点劇。最後まで白球を追う選手達の姿。晴天だった甲子園は降雨や雷雨中断、そしてナイトゲーム。大粒だった雨はすっかりあがっていたが、グラウンドの土を集める選手達からは汗と涙が流れていた。試合終了は夜7時を大きくまわっていた。好ゲームに大きな大きな拍手がおくられた。試合後、球場前白樺の帽子、Tシャツを着た本校教員が佇んでいると、下関商業の応援に来ていたという女性が声をかけてきた。「下関商業の応援だったんですが、白樺を応援しちゃいました。素晴らしいチームですね。感動をありがとうございます。」感動でどうしてもそれを伝えたかったのだという。試合後の選手達の一人ひとりの声を新聞で読み「幸せだった」「もっと試合をしたかった」「また来たい」という。学校でテレビ応援をしたある生徒が「今度は自分の番」と応えていた。次の日アイスホッケー部は全国一を勝ち取っていた。8月13日、野球部新チームは2年生の橋本球道君が就任。秋季大会は9月2日に組み合わせ抽選が行われ、センバツをかけた道のりが9月12日の十勝支部予選で始まります。
応援ありがとうございました。これからも白樺学園野球部にあたたかい応援よろしくお願いいたします。(記事 荘司)
甲子園のあゆみ
<2006>
白樺学園7−10高知商業
<2011年>
白樺学園3−2鳥取商業(延長11回)
白樺学園7−8X智弁和歌山(延長10回) 本塁打:小林(下音更中出身)・佐々木(札内東中出身)
<2015年>
白樺学園3−4X下関商業(延長11回) 本塁打:加藤(帯広緑園中出身)
甲子園では4試合中3試合が延長戦。本塁打も二試合つづけて出ている。
追伸:試合から掲載まで時間がかかったことお詫び申し上げます。また、現在私が撮影した写真の全て(拙いですが三千五百枚程)を選抜提供し、高校野球専門誌「北の高校球児」の作者と共に記念誌の準備をしております。プロの撮影したものの補完程度かもしれませんが、よい記念になるようささやかながら力になれればと思っております。よろしくお願いします。(荘司)